ニッケルブログ

単結晶ニッケル含有正極:Jeff Dahn教授との対話

2021年1月13日

電気自動車メーカーと電池開発者の議題の中心とも言える「人々が走行距離に対して抱く不安」。これを克服する解決策として、単結晶技術の有効性がいかに証明されているのかについて、カナダのノバスコシア州にある Dalhousie大学、物理・大気科学部の Jeff Dahn 教授にお話しを聞きました。

Jeff Dahn 教授は、Dalhousie 大学で理学士号を取得 (1978年)、British Columbia大学で博士号 (1982年) を取得しました。その後は、カナダ国立研究機構 (NRC) (1982~85年)とMoli Energy社 (1985~90年)での仕事を経て、1990年に Simon Fraser 大学で教職に就き、1996年に Dalhousie 大学に戻られています。Moli Energy社では、リチウムイオン電池の先駆的な仕事をされました。

(写真)Jeff Dahn 教授 Dalhousie 大学 (c)Danny Abriel

Dahn 教授は1996年に Dalhousie 大学で、カナダ自然科学・工学研究会議 (NSERC) と3M Canada社共同の先進電池材料産業研究委員長に任命され、2016年まで就任していました。同年、NSERCとTesla Canada社共同の産業研究委員長としてTesla社との研究パートナーシップを始めています。教授が執筆し、参考文献として引用されている学術論文は730本に及び、発行または出願された発明は73件に上ります。

またDahn教授の研究は、カナダ総督により授与されるイノベーション賞 (2016年) や、カナダ最高峰の科学賞であるヘルツバーグ・メダル(※1) (2017年) など、数々の賞で評価されてきました。同教授は、これまでに双方の賞を授与された唯一の人物です。

加えて、2020年11月にはカナダ勲章のオフィサー(※2)を受章されています。

※1:NSERCが「素晴らしく、影響力のある研究業績」に対して与える賞。2000年以前は、Canada Gold Medal for Science and Engineeringという名前であったが、1971年のノーベル化学賞受賞者 Gerhard Herzberg を記念して改名。
※2:カナダ勲章には上から順に三ランク(最高位のコンパニオン、次いでオフィサー、メンバー)がある。それぞれの受勲者は名前の後に略称(C.C.など)を付記することができる。

Jeff Dahnとの対話

この対話は、ニッケル誌第35号第3巻6ページに掲載された記事 「A new crystal clear solution - Innovation that will drive electric vehicles to greater lengths」 を補完するものです。

Jeff Dahn教授(以下、JD):典型的な正極材粒子は、非常に多くの小さな一次粒子で構成されている二次粒子です。これらの粒子は一般にランダムな方向に配向しているため、ひとつの一次粒子の結晶軸は別粒子の結晶軸と平行ではありません。正極材へのリチウムの挿入・脱離に伴い体積に変化が生じるのですが、この体積変化は同じ方向のみに変化するのでなく、異なる方向に変化が生じます。 特に層に対して垂直の方向、c軸に平行な方向の変化が大きくなります。 従って、2つの一次粒子が互いに接触している場合には体積の不一致が生じることから、その体積変化の力により、二次粒子にマイクロ・クラック(微細な亀裂)が発生して粉々になってしまう可能性があります。こうなると、電気接触が失われてしまい、そのプロセスを通して正極活物質(※3)へのアクセスを失い始めるのです。 一方、単結晶粒子は、例えば2~3ミクロン程度のひとつの結晶粒子です。 単結晶は、粒界(※4)が全くない、完全に単一の結晶ですから、全体が単一体として伸縮します。つまり、伸縮を繰り返すこれらの粒子に対する電気的接続を継続的に維持しなくてはなりません。これは、カーボン・ブラック(黒鉛)とエラストマー・バインダー(※5)、あるいは、若干弾性のあるバインダーを用いた電極形成であれば、比較的簡単に電気的接続を維持することが出来ます。単結晶を活用すれば、充放電を通して正極活物質への接続が100%維持できるようになるのです。これは非常に素晴らしいことです。

※3:化学変化を起こしてエネルギーを放出し、電池反応を起こして外部に電気エネルギーとして取り出すことができる物質。
※4:結晶粒界は、多結晶体において二つ以上の小さな結晶の間に存在する界面。
※5:エラストマーとは、弾性を持った高分子の総称。

(A, a),
SEM images of a commercial single crystal Li [(Ni0.5 Mn0.3 Co0.2)O2] (called SC-532) material with large grain size of ~3μm
→工業化された単結晶リチウム素材(~3μmまでの粒径の大きいもの)[(Ni0.5 Mn0.3 Co 0.2)O2](SC-532)のSEM画像

(B, b),
SEM images of commercial polycrystalline (NMC532) without coating (UC-532)
→工業化された多結晶(NMC532)(コーティングなし)(UC-532)のSEM画像

(出典)Li J., Cameron A. R., Li H., Glazier S., Xiong D., Chatzidakis M., Allen J., Botton G. A. and Dahn J. R. 2017 J. Electrochem. Soc. 164 1534

NI:単結晶はより多くの充放電サイクルに耐えられるというのは明らかです。ただ、それでも結晶が伸長するという事実を考えると、物理的な崩壊が始まる前に寿命の限界を迎えるということなのでしょうか?

JD:5300回のサイクル後に単結晶材料の走査型電子顕微鏡 (SEM) 画像を撮影してみたところ、マイクロ・クラックの形跡は見られませんでした。実際に崩壊することがあるのかどうかはよくわかりません。結晶粒子の外側と内側の間に体積の不一致が生じるくらい膨大なレートにつり上げたら、破砕するかもしれません。ただ、Cレート(※6)のサイクリングで5300回の充放電サイクルした後には、クラックは一切認められませんでした。

※6:Cレートは、最大容量に対して電池が放電される速さを示す。1Cレートとは放電電流が1時間で電池の全容量を放電することを意味する。

NI:充放電サイクル寿命は、物理的な耐久性に左右されるものですが、他にも、例えば材料の界面で発生する可能性のある分解や酸化還元反応といった化学反応的なメカニズムによっても制限されると考えられますが、単結晶技術は、こういった点にどのような影響を及ぼすのでしょう?

JD:界面での化学反応的な影響が、単結晶技術に与える影響は、相対的に軽微です。結局のところ、私たちが試験している単結晶NMCセルの主要な故障モードは、負極SEI(固体電解質界面反応)(※7)による活性リチウムイオンの総量の減少 (LLI) (※8)なのです。これは、単に、リチオ化(※9)されたグラファイトは反応性が極めて高いことから、SEIが時間の経過とともに徐々に厚くなっていくという事実に過ぎません。ですから、基本的に、正極側に起因する可能性のある4.3V以下のあらゆる故障メカニズムを排除することになります。

※7:リチウムイオン電池中の負極と電解液の界面に主に充電時に形成される被膜をSolid Electrolyte Interphase (SEI) と呼ぶ。
※8:Loss of lithium inventoryの略で、活性リチウムイオンの総量の減少を指す。
※9:リチウム化。化学的にはリチウムや有機リチウム化合物と反応させること。物理学的にはリチウムイオン電池の電極内にリチウムを取り込むこと。

NI:このプロセスは、さまざまなNMCカソード(正極)材料(NMC 532、NMC 622、NMC 811)の間で、特にニッケル含有量が高い場合、どのように作用するのでしょう?

JD:2019年12月下旬/2020年冬に発表した研究で、NMC 532、NMC 622、NMC811単結晶の比較を示しました。1100回の充放電サイクルを経た単結晶NMC 811のカソード粒子断面をSEMで撮影しています。見たところ、クラックもなく問題ないようでした。ただ、ニッケル含有量が極めて高い単結晶材料については、優れたデータがまだ出てきていないというのが現状だと考えます。

NI:教授は、この単結晶を標準的な共沈法(※10)で作りましたが、他のグループが取り組んでいる別の方法もあります。これらのプロセスの違いは?

JD:私が調べたのは、工場内で同種の方法により作成された材料だけです。工業的に作成された材料を調べましたので、彼らがその材料を作るために何をしたのかはわかりません。単結晶がうまくいく理由は極めてシンプルな論拠ですから、こういった単結晶粒子さえ作れば、その作り方に関係なく成功するはずです。

※10:共沈法(きょうちんほう)とは、粉体の作製方法のひとつ。二種類以上の金属イオンを含む溶液から複数種類の難溶性塩を同時に沈殿させることで、均一性の高い粉体を調製。

NI:単結晶に関してはコストを懸念する声が上がっています。教授の研究室では、単結晶大量生産のコスト削減を目的とした研究は進行中ですか?

JD:ここで単結晶を作る際は、前駆体側(※11)に多少変更を加えているだけですから、これによって、コストが増えることはないと思います。その後、単結晶を成長させるために若干高めの温度で熱処理をしています。これも、そこまでコストを増大させることはないでしょう。コスト増は2~3%だと聞きました。プロセス全体に根本的な違いはありません。中国では、年間何千トンにも上るNMC532、NMC622、NMC811といった単結晶が使用されています。非常に高額なのであれば、こうなってはいないでしょう。

※11:化学における前駆体(ぜんくたい)とは、ある化学物質について、その物質が生成する前の段階の物質のことを指す。前駆物質、プリカーサーとも呼ばれる。

Q:つまり、すでにもう、単結晶カソード材料が商業的に製造されているということですか?

A:そのとおりです。

NI:「百万マイル電池」という用語はどのようにして生まれたのでしょう?

JD:私たちがここで掲げている目標は、コストを下げ、エネルギー密度を高め、リチウムイオン電池の寿命を伸ばす手助けをすることです。こういった研究の中から、なんとなくこの言葉が生まれたといった感じですね。「百万マイル電池」と名付けたのは私たちではありません。発表した論文の抄録に「このような電池が電気自動車に百万マイル分の電力を供給できることを示す」という一文がありました。ただ、「百万マイル電池」と称したことはありません。メディアが広めたのです!

長期にわたって継続される試験には価値があるということを、まさに証明していると言えるでしょう。この、いわゆる「百万マイル電池」論文で取り上げた電池の一部は、今も試験が続いており、先日実際に見てきました。室温に置かれた電池は現在、約9500サイクルに達していますが損失は10%未満です。我ながらかなり優秀です。

NI:そのサイクル・レートは?

JD:3年間、1C-1Cで稼働しています。

NI:それは素晴らしい!教授の超高感度クーロン計測器(※12)で、サイクル・レベルを予測できますか?

JD:ここまで良い結果が出ると、難しくなってきます。超高精度充電器から、何千サイクルも充電を実行できる本当に優れた電池システムだと言えるでしょう。ただ、手元にある方法で1万サイクルと2万サイクルを区別するとなると大仕事です。いずれにしても、非常に良い結果が出てきています。どこまでいけるのかを測定するために、1700台ある充電器のうち、約50台を専用で投入したところです。ひょっとすると、私よりも長生きするかもしれません。この電池は充電器よりも長持ちするかもしれません。その可能性は十分あると思います。

※12:クーロンは電気量の単位(記号:C)。1クーロンは1アンペアの電流が1秒間流れたときに運ばれる電気量。

いわゆる「百万マイル電池」論文で取り上げた、室温に置かれた電池の一部は現在、約9500サイクルに達していますが、損失は10% 未満です。我ながらかなり優秀です

NI:これほどの耐久性をもってすれば、耐久性のために使用されているドーパント(添加剤)といった材料の量を減らすという可能性はありますか?

JD:いいえ、負極側に対処するために添加剤は必要です。工業的に入手可能な単結晶材料の一部は何かによってコーティングされています。私たちは、専有コーティングが施された単結晶材料とコーティングされていない材料との比較論文を発表しました。その中で、適切な電解質添加剤を使用すれば、コーティングされていない材料もコーティングされたものと同等である可能性を示しています。素朴な電解質混合物に対しては、コーティングによって、耐久性がかなり向上するようです。

NI:現在、ガソリン車(ICE)の寿命は、25万~30万マイルです。100万マイルとなると、その最大値の3倍優れていることになります。ICE車は年に数回の整備を要しますが、この種の電池を搭載した電気自動車(EV)の場合、整備という点についてはどうなのでしょう?

JD:EVの整備は極めて興味深い点です。テスラ車の所有者、あるいは、おそらくTesla社のウェブサイトによると、最初の整備は4年後となっています。オイル交換やブレーキ交換をする必要がありません。EVでは、ほとんどの場合、回生ブレーキを使用します。摩擦ブレーキは滅多に使いません。これを使うのは、完全停止時や信号停止時のみです。友人のテスラ モデルXに同乗した際に運転させてもらったことがあります。信号機など、いろいろある街中を10キロほど運転したのですが、あの車の回生ブレーキ(※13)は実に優秀でした。あの10 kmのドライブで摩擦ブレーキに触れたのは2回くらいだったと思います。信号に近づいたらアクセル・ペダルから足を離すと減速し、ゆっくりと前の車の後ろにつくことができます。タイミングさえ間違えなければ摩擦ブレーキに触れることはほとんどありません。電気自動車の整備は、ガソリン車と比較するとほんのわずかだという点は確実です。

※13:クルマの減速時にタイヤの回転力でモーターを回すことで、運動エネルギーを電気として回収することが可能となるので、これによりクルマのスピードを落とすように作用させるブレーキ

NI:この興味深い対話にお時間を割いていただき、ありがとうございました。

JD:こちらこそ。

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